コラム
「億ション」が定着へ:東京23区中古マンション価格上昇が止まらない構造的な理由
このデータを見て、あなたは驚くでしょうか? それとも、現実として受け止めているでしょうか。
最新の市場調査によると、東京23区の中古マンションの平均価格(70㎡換算)は、ついに1億1034万円を記録し、初めて1.1億円の大台を突破しました。これは、単なる一時的な高騰ではなく、「億超え」が新しい常態(ニューノーマル)として定着し始めたことを示しています。
なぜ、これほどまでに東京23区の中古マンション価格は上昇し、その勢いが加速しているのでしょうか。
その背景には、一過性の投機ではなく、「新築価格の高騰」「実需と投資の重なり」 「構造的な供給不足」「超低金利環境」という、四つの強固な構造的要因が絡み合っています。
本コラムでは、この「構造的高騰」のメカニズムを解き明かし、この異常な市場において、マイホーム購入を検討する実需層、あるいは資産運用を考える投資家が、今すぐ取るべき賢明な視点について解説します。
1. 新築価格の高騰と「波及効果」
東京23区の中古マンション価格が高騰する根本的な要因は、まず「新築マンションの価格が先に上がりすぎた」ことにあります。この新築価格の上昇が、中古市場全体を上へ引き上げる「波及効果」を生み出しているのです。
新築価格が高騰した構造的な理由
新築マンション価格が過去最高水準を更新し続けている背景には、デベロッパーがコントロールできない複数のコスト増があります。
- 建設コストの爆発的な上昇:
- 人件費の高騰: 建設業界における労働者不足と、残業規制が強化される「2024年問題」などにより、建築現場の人件費が大幅に上昇しました。
- 資材価格の急騰: 円安の進行に伴う輸入建材のコスト増に加え、エネルギー価格の高止まりが建設資材全般の価格を押し上げています。
- 用地取得費の過熱:
- 都心部で大規模なマンションを建てるための「まとまった土地」 は極めて希少です。デベロッパー間の用地取得競争が激化し、土地の仕入れ値が高騰。その費用が最終的に新築マンションの販売価格にそのまま転嫁されています。
中古市場への「波及」メカニズム
新築マンションが高額になった結果、購入者の目が「新築よりも手が届きやすい」 中古物件に向けられ、中古市場の需要と価格が連鎖的に上昇します。
- 実需層の「中古シフト」: 新築の平均価格が1億円を超えると、予算に上限のある実需層(特にファミリー層)は、購入のターゲットを新築から築年数の浅い中古物件へと切り替えます。
- 中古物件の価値再定義: 新築価格が高水準になることで、築10年程度の中古マンションであっても「新築と設備や立地がさほど変わらないのに、新築よりは割安」という認識が生まれます。これにより、中古物件の適正価格そのものが上方修正され、高値での取引が常態化します。
この「新築が高すぎて買えない層」を中古が吸収する流れが、中古マンション市場全体の価格水準を引き上げ、「億ション」という新たな価格帯の定着を促しているのです。
2. 実需と投資が重なる「分厚い需要」
東京23区の不動産市場が他の都市圏と一線を画す点は、価格を支える需要基盤が非常に厚いことです。これは、「実際に住みたい人(実需)」と「資産運用したい人(投資)」という、性質の異なる二つの層が同時に物件を取り合っているために発生しています。
A. 実需の牽引力:高所得層と「パワーカップル」
新築の高騰により一般的なサラリーマン世帯が都心から遠ざかる一方で、中古市場には高い購買力を持つ実需層が流入しています。
- パワーカップルの台頭: 夫婦二人の収入を合算することで、億単位の住宅ローンを組むことが容易になった高所得の共働き世帯(パワーカップル)が、都心部の高額中古マンションの主要な買い手となっています。
- 利便性への強いニーズ: 共働き世帯にとって、通勤時間が短く生活インフラが整った「職住近接」の立地は、価格が高くても手放せない価値です。彼らの需要が、都心部や利便性の高い中古物件の価格を押し上げ続けています。
B. 投資マネーの流入:海外富裕層と資産防衛
実需に加えて、国内外の富裕層や機関投資家からの「投資マネー」が高額物件市場を支えています。
- 円安による割安感: 歴史的な円安の進行により、海外の投資家から見ると、東京の不動産はドルやユーロ建てで極めて割安に映ります。安全性が高い日本の不動産は、海外富裕層にとって格好の「資産フライト先」となり、高値で取引が行われています。
- インフレ・資産防衛: 国内外の富裕層にとって、金融緩和が続く中で現金価値の目減りを防ぐためのインフレヘッジとして、東京の不動産は最も信頼できる実物資産と認識されています。相続税対策としての需要も、この投資需要を支えています。
このように、「住みたい」という強い実需と、「儲けたい・守りたい」という投資マネーの需要が重なり合うことで、東京23区の中古マンション市場は極めて強固な需要構造を持ち、「価格が下がりにくい」特異な市場を形成しているのです。
3. 供給不足と都心再開発の希少性
東京23区の価格高騰は、需要の強さだけでなく、供給サイドの構造的な問題によっても下支えされています。それは、「新築が供給されない希少性」と、「特定の立地の価値が飛躍的に高まる再開発効果」の相乗作用です。
A. 新築供給の構造的な停滞
東京23区内、特に都心部では、新築マンションの供給戸数が構造的に減少傾向にあります。
- 用地取得の限界: 大規模マンションを建設できるまとまった土地が、都心部ではほとんど残されていません。土地の仕入れ(用地取得)が難しくなったことが、新築供給を構造的に抑制しています。
- コスト高騰による供給抑制: 建設費の高騰により、デベロッパーは採算が取れる物件以外は開発を控える姿勢を強めています。この結果、新築の供給戸数が減少しているため、既存の優良中古物件が相対的に価値の高い「代替品」として市場で奪い合いになります。
この新築供給の絞り込みが、中古市場における物件の希少性を高め、価格を下支えしています。
B. 都心再開発による「立地プレミアム」の強化
特定のエリアで進行する大規模な再開発プロジェクトは、周辺の中古マンションの資産価値を劇的に押し上げています。
- 利便性の飛躍的な向上: 再開発によって、商業施設、オフィス、交通インフラ(駅直結など)が整備されると、そのエリアの生活利便性とブランドイメージが一新されます。
- 「二度と出ない」 希少性: 再開発によって生まれた立地は、「今後、同様の条件で新規に供給されることが極めて難しい」という究極の希少性を帯びます。
- 実例:「麻布台ヒルズ」「虎ノ門ヒルズ」などの大規模開発エリア周辺では、竣工から年数が経過した中古物件であっても、その再開発の恩恵を享受できるという理由で、新築時の価格を大幅に上回る高値で取引されています。
このように、供給が絞られることで中古全体が希少化しているうえ、都心再開発によって特定のエリアが持つ価値が倍増しているため、東京23区の中古マンション価格は「構造的に下がりにくい」市場となっているのです。
4. 低金利環境と金融緩和の継続
東京23区の価格高騰は、実需と供給の構造的な問題だけでなく、日本の特異な金融環境によっても強力に後押しされています。それが、日本銀行による長期にわたる「低金利環境と金融緩和の継続」です。
A. 住宅ローン負担の軽減(実需の後押し)
金利が低いと、購入者の借り入れ能力と購買意欲が高まり、高額な物件の購入が可能になります。
- 返済負担の抑制: 金融緩和により住宅ローンの金利が低水準に抑えられているため、借り入れ元本が億単位に達しても、月々の返済額が抑えられます。これは、パワーカップルなどの実需層が「新築が高くても、中古ならなんとか手が届く」と高額物件に挑戦できる最大の金融的根拠となっています。
- 「今が買い時」の意識: 金融政策の正常化観測が強まる中でも、依然として低金利が続いている現状は、「金利が上がる前に早く買っておきたい」という焦燥感を煽り、実需の駆け込み需要を絶えず生み出しています。
B. 投資マネーの流入促進(投資への後押し)
低金利環境は、富裕層や機関投資家にとって不動産投資の魅力を最大化しています。
- 低コストな資金調達: 投資家は低い金利で大規模な資金を調達し、不動産を購入できます。これにより、実質的な利回り(投資収益率)が高くなり、投資対象としての東京の不動産の魅力が向上します。
- 円安と相乗効果:海外投資家は円安の恩恵で割安に物件を購入できる上、低金利で資金を調達できるため、「低金利の日本」への投資が一層活発化し、高額中古物件の市場を熱狂させています。
金融緩和は、実需層の購買力を底上げしつつ、投資家を呼び込む強力な磁石として機能し、東京23区のマンション価格を押し上げる「最後の砦」 となっているのです。
結論:この「加速」はいつまで続く?購入・売却で取るべき視点
これまでの分析から、東京23区の中古マンション価格の高騰は、一過性の要因ではなく、四つの構造的な要因(新築高騰波及、二重需要、供給不足、低金利)によって強固に支えられていることがわかりました。
1. 市場の持続性を占うカギ
現在の高騰を終焉させる可能性のある要因は、主に以下の二点です。
- 日銀による金融政策の急転換: 住宅ローン金利が予想外に急速に上昇した場合、高額物件を購入する実需層の購買力が大きく低下し、価格調整の圧力となります。
- 世界経済の大きな変動: グローバル経済の悪化や急激な円高への転換は、海外投資マネーの引き上げにつながり、都心高額帯の勢いを鈍化させる可能性があります。
しかし、建設コストの高騰や都心部の用地不足といった供給側の構造問題は変わらないため、価格が暴落する可能性は極めて低いと見る専門家が多いのが現状です。
2. 【コラムの意見】賢い買い手・売り手が取るべき戦略
A. 購入を検討する実需層へ:「二極化」を見据えた判断を
都心部では「値下がりを待つ」戦略はリスクが高い状況です。
- 「早めの確保」が原則: 金利が上昇する前に、予算内で購入できる物件を確保する「早期決断」が重要です。
- エリアの再検討: 都心にこだわらず、価格上昇が穏やかな23区周縁部や、再開発が進み始めた「ねらい目エリア」に実需が集中する二極化を見据え、立地の利便性と価格のバランスを再検討すべきです。
B. 売却を検討する層へ:「希少性」を最大限に活かす
- 高騰の恩恵を享受する: 新築供給が減少し、中古物件の希少性が高まっている今、売り手市場が続いています。特に築浅物件や再開発エリアの物件は、強気な価格設定で優良な買い手を探す好機です。
- 「いつまでもこの状況は続かない」 意識: 金利上昇や増税などの政策転換がいつ起きてもおかしくありません。高値で売れる今の市場の恩恵を最大限に受けるため、最適なタイミングを見極め、早期の売却戦略を立てることが成功の鍵となります。


